牛窓クルージング
1993年5月、瀬戸内海播磨灘をクルージングした記録です。
5月3日
0210出島出港
1430牛窓到着
5月4日
1030牛窓出港
1140琴塚寄港
1320琴塚(小豆島)出港
1630西島(家島群島)到着
5月5日
0820西島出港
1300子午線(明石)通過
1700出島帰港
出島ヨットクラブ(DYC)主催の恒例5月クルージングに
今年初めて参加しました。
18艇、乗員50余名という大艦隊?です。
5月3日16時現地牛窓ヨットハーバー集合ということで
当初の予定では一日早く2日午前2時出港ということに
なっていました。
が、低気圧の接近で15m以上の風が出るということで
一日延ばして3日午前2時出港ということになりました。
結果的には、2日に出港した船団は追風でセーリングできたのは
よかったのですが、家島を過ぎた頃からかなりもまれたようです。
いい経験を積んだと皆さん言ってました。
3日に出港した組は、向かい風でほとんど機走に頼ることになりましたが
こわい思いもいい経験を積む?こともなく、無事これ名馬で
牛窓に到着しました。
2か月の赤ちゃんをゆりかごに乗せた船もありました。
5月3日午前0時少し前、堺出島に到着。
神戸を出るときには、やんでいた雨が
また降りだした。雨雲を連れてきたようだ。
雨の中、長男とふたりで荷物の積み込み。
次男は車の中で眠っている。
食料を入れたバッグ1つ
衣料を入れたバッグ2つ
テント1式
寝袋3本
マット2本
釣り道具を入れたザック1つ
釣り竿1式
15リットルのウォータージャグ2本に飲用水を入れる。
船内タンクには200リットルの水がいっぱいに入っている。
漁協の自動製氷機で氷を買ってくる。
200円でゴミ袋にいっぱいある。
袋ごと船内の冷蔵ボックスに入れる。
あとは夜間航行組のGさんたちに任せて、寝袋に潜りこむことにする。
こどもたち2人はバウバースですでに眠りについている。
船が揺れるので目がさめた。
Gさんたちが到着したようだ。
夕方から宵寝しとくと言ってたが、十分眠れたかな?
雨はまだ降り続いている。
0210 出島、出港。
エンジンの音にしばらく眠れないでいたが
いつのまにか寝てしまっていた。
時折、パンチングで体が持ち上がる。
背中をどんと打つ。が、眠気には勝てない。
眠っているのか醒めているのかわからないような夢遊、夢うつつの状態が続く。
雨があがったようだ。
キャビンの中からコクピットをのぞいてみる。
明石海峡大橋の橋脚がすぐ後ろに見える。夜明けだ。
海峡は寝てる間に通りすぎた。
後で聞いた話では、海峡を通過中、漁船とニアミスがあったらしい。
Gさんが<眠たくなったら起こすから>と言うので、
そんなことは知らぬが仏で、お言葉に甘えて、再び寝袋に潜り込む。
次に目が醒めたら家島の南側を通過するところであった。
向かい風で出島を出てからずーーと機走である。
雨はあがっているが、波しぶきがあるので
レインギアを着て、コクピットに出る。
右手に家島群島。左前方に見える大きな島が小豆島である。
まるで地中海にでも来たような風景だ。
ここからは寝るには惜しい景色の良さだ。
ALCORは去年、牛窓から小豆島、家島とクルージングしているから
ちょうど一年遅れで、追っかけているようだ。
なんて、NZにいるNORIさん一家のことを思い出す。
この調子で行くと、小笠原、NZも日程に入ってくるではないか。(冗談)
おととし、海水浴に出かけたことのある日生諸島が右手に見えてくる。
手前が大多府島、その向こうが頭島、鹿久居島。。。
別荘らしきのがやたら目だつのが(有名な)鴻島だろうか。
前方にまもなく牛窓の町らしきのが。。
島が3つほど手前にある。
向かい風が強くなってきたので、牛窓港の東側から
牛窓瀬戸を通って入ることにする。
牛窓瀬戸の手前、左手にホテルのような建物がある。
桟橋がある。
セールダウン。
牛窓瀬戸を通過する直前に、いかだを引っ張って横断する船あり。
一旦停止を余儀なくされる。困ってしまうなあ。
岡山県営牛窓ヨットハーバーにはそのまま直進。
東側入り口から入る。
目の前に前日組の<東風>(こち)の姿。
<東風>の横にもやいをとる。
1430 牛窓到着。
夕刻からの宴会に十分間に合った。
牛窓ヨットハーバーのビジター係留費はPAGE1(30フィート)の
場合で一泊3000円。
陸電と水道栓のついたボックスがポンツーン上に要所要所あり
ボックスには夜間ライトが点灯、足元を照らしてくれる。
波の揺れも少ない。水もきれいだ。
家島付近でペラに異常があったが、調べてみるとビニールらしきのが
巻き付いていた。水がきれいだとポンツーンから見えるので
潜らなくても取れるのであった。
しかし南風には弱いとかで、台風の際には高波で、
ポンツーンごとポールから抜けたとか聞いた。
風向き次第で、対岸の小豆島の琴塚あたりに泊めるヨットもあるそうな。
さて、夕刻6時からの宴会は、ヨットハーバーから歩いてすぐの
磯料理旅館<唐子>。
座敷からは窓越しに暮れゆく島影が見えて、風光明媚この上ない。
瀬戸は日暮れて。。の世界だ。
出島に帰るのがいやになったなー、という声が出るのもやむなし。
牛窓に25フィートくらいのヨット置いて通うことにでもしようか。。
宴会を早めに切り上げて、こどもたちの夕食と、テント設営に戻る。
Gさんたちは、そのまま旅館に宿泊である。
ゆっくりふとんの上でお休みください。
ヨットハーバーに隣接する海辺の公園にテントを張ることにする。
きれいなトイレもあって、明かりもついているのでもってこいである。
船の冷蔵庫に入れておいた冷凍ピラフをフライパンでいためて
きょうの夕食とする。
波の音を枕にテントの夜は更けた。
翌5月4日。
珍しく早起きして6時起床。
マット一枚では背中が痛かった。
寝袋と毛布一枚だけではちと寒かった。
なまくらな体になったもんだ。
若い頃は。。。なんて思うようになったらトシである。
テントを撤収して、船に戻る。
ぶどうパンと牛乳、りんごジュース、ポタージュスープ、オレンジ
それにマグカップヌードルと、品数だけは豊富な朝食である。
忘れてた、昨夜のピラフの残りも再びいためて出す。
Gさんたちが泊まった旅館の朝食は8時くらいからということで
時間は十分にある。
こどもたちはメシが済むと、またまた釣りに出かけてしまった。
隣の<東風>と本日の予定を相談。
PAGE1は一足先に出て、琴塚に寄港。
それから家島群島の西島で落ち合って今夜は停泊ということにする。
1030牛窓出港。
なんか引っ張ってるなあと気がついたら、
夕べ仕掛けた魚採りのカゴを引きずっていた。
出港前の点検が不十分であった。反省。
ポンツーンにカゴのひも結んでたらそのまま忘れ物になってただろう。
牛窓瀬戸を通らず、南に針路をとる。
南側は広くひらけているが、浅いところがあるので注意がいるそうだ。
神戸に帰ってから、モーターボート乗りに聞いた話では
ペラの勢いで底をかき回すような箇所もあるらしい。
東南に舳先を向け、琴塚を目指す。
1140 琴塚、到着。
GPSがポイントを示してくれるので便利だ。
双眼鏡で琴塚の港を確認する。
ケッチアンカーを用意するが、港内に入ると、
岸壁から若い女性が<アンカーロープがあるから>ということで
投錨は不要であった。
一足先に入った出島の僚船<サラマンダー>の隣にもやう。
岸壁からPAGE1の舳先に長い渡し板を差し渡す。
牛窓ヨットハーバーとちがって、こんな泊め方もいいもんだ。
琴塚に上陸。
小豆島は香川県だから、四捨五入すれば、四国に来たというわけ。
牛窓は岡山県ということで、今回、初めて、大阪、兵庫の
両地元府県から離れたことになる。めでたし、めでたし。なにがじゃ。
琴塚と言えば、岡崎造船。
NORIさんのヨット(オリオン31)ALCORの故郷である。
FRPの船体の型を取る大きな<型>がいくつも並んでいる。
ずいぶん昔になるが、小豆島をテント積んで自転車で一周したことがある。
島の道もずいぶん良くなったようだ。
カップヌードルの昼メシを済ませて、1320出港。
無線によると、<東風>と<ジェリーフィッシュ>は
牛窓ー家島間の3分の1を来たところ。
ちょうどいい頃合いだ。
小豆島を右手に、真正面の家島群島目指して、船は晴天下、気持ちよく走る。
<東風>からの無線で、目的地西島の入り江に着いたが、
養殖筏があって、どうしたものか?と連絡してくる。
筏の奥に、泊める場所がある筈なので、更に調査、進入を
お願いする。
しばらく無線連絡がないので、どうしたのかなと思っていると
無事着岸したらしい。連絡が入った。
ダメな場合は代替の室津に向かうことになっていたが、
西島に泊まれることになってよかった。
なるほど、<東風>からの連絡の通り、カキの養殖筏が
入り江の中に多数浮かんでいる。
知らなければ、たいてい引き返すことだろう。
筏の右側を通り、進入する。
プレハブ小屋があって、その向こうに船桟橋。
杭を2本打って、その間に泊めた漁船を桟橋代わりにして
<東風>が係留している。
PAGE1はその左舷側に横抱きしてもらう。
PAGE1の左舷にさらに<ジェリーフィッシュ>をもやう。
ケッチアンカーを打つつもりであったが、
漁師さんの話では、<だいじょうぶ>ということ。
養殖筏のアンカーロープにひっかける恐れもあるので
3艇横抱きで係留完了。
後から念のため、岸から横方向に2本ロープを取った。
実際、入り江の奥の、直角に曲がったさらに入り江なので
風と波はよく防いで、静かな泊地であった。
到着は1630頃だったと思う。
西島の入り江のさらに奥には何か建物らしきのが見える。
上陸するには、<東風>をまたいで、船桟橋に飛び降り、
さらに岸との間に渡し船がロープでつないであるので
ロープを引っ張って引き寄せ、それからそのロープを引いて
岸に渡し船ごと寄せる、という一連の作業が必要となる。
牛窓、琴塚、西島、とだんだん上陸不便?になってきたわけだが
それだけ野趣があっておもしろくもなってきた。
船から釣りをしているこどもたちを残して、
ひとりで入り江の奥に向かう。
入り江に沿って山道を歩く。
リゾートホテルらしきのが目の前にある。
閉鎖されて久しいようだ。
玄関や窓には板が打ち付けられていて立ち入り禁止となっている。
<WEST ISLAND CLUB>という看板が虚しい。
何ちゅうことない、西島クラブやないか。横文字にしただけ。
観光船の桟橋が朽ち果てて浜に残骸をさらしている。
浜辺のしゃれた木のテラスはもちろん無人だ。
立派な施設がそのまま打ち捨てられて、つわものどもの夢のあとだ。
さらに入り江をぐるりと回ってみる。
渡し船で来たのか、釣り人がひとり糸を垂れている。。
来た道を戻り、さきほどのホテルから島の向こう側へ抜けると思われる
山道を登ってみる。
もうひとつの入り江を見おろせる峠まで登って、
上陸調査?予定時間片道30分をすぎたので引き返す。
ホテルの前の砂浜からは磯を伝って、船まで戻ることにする。
浜辺のテラス近くには、芝生の広場があって、
船からは少し遠いがテントを張るにはもってこいだ。
今夜はGさんたちは船内泊だから、テントは必須科目である。
船内で6人寝るのはちと狭い。
船に戻ると、次男のカズが<東風>のブームにぶら下げられている。
オーナーのAさんが、<この子、親の言うことよく聞きまっか?>
<親の言うことなんか、ぜーんぜーん聞きませんで。。>と答えると、
海面すれすれまでロープをゆるめる。
そのまましばらく吊るしておいてもらおう。
当人はけっこう喜んでいる。
カズの真下の海中には、採ってきたばかりのアサリがカゴに入れられて
これまた吊るされている。
こうしておくと翌朝までには砂が抜けるのだそうだ。
しばらくすると、<東風>の奥さんがキャビンから顔を出した。
<どうもフライパンが傾いてるみたいやけど。。?>
30フィートの木造ケッチでも、こども一人ぶら下げると
さすがにヒールするものである。
日暮れまでに、テントを張ることにして、
こどもたちとテント、寝袋、マット、毛布を運び出す。
義経の八艘跳びならぬ、3艘跳びで運ぶのはなかなか大変である。
結局、リゾートホテル跡までテントを運ぶのはあきらめて
途中の山道で広くなったところ、すぐ下にPAGE1が泊まっているあたりに
設営することにした。
こどもたちも手順がわかってきたのか、要領がよくなってきた。
船に戻って、夕食の支度。
本日のメニューは恒例のカレーライス。
米をといで、ちゃんと水加減しておいたのに、
ソフト好みのGさんがさらに水を入れたので超ソフトに炊きあがってしまった。
おじや風カレーライスであるが、空腹にまさる調味料なし。
あすの朝はインスタントおじやの素を入れて、ほんまもんのおじやに
するらしいので、ま、いいか。
いいにおいが漂ってきた。
たった今、筏から水揚げしたばかりのカキを七輪炭火で焼いているのであった。
においにつられて、箸と醤油もってにおいの源泉に向かう。
ごつごつ見てくれの悪いカキガラであるが、
中身はつるりとうまい。
生ガキも甘くておいしい。いくらでも腹に入る。
七輪のまわりに餓鬼があつまってカキを貪ぼるの図であった。
あー、えー思いした。
5月5日
ついに帰る日がやってきた。
このまま何日もクルージングしていたい思いでいっぱいである。
が、しかたがない。帰ることにしよう。
朝食は、カニ缶とパン、ミルク、マグカップヌードル。
Gさんたちはたぶんおじやだろう。
820 西島出港
お世話になった漁師の奥さんが手をふって見送ってくれる。
夏か秋にはぜひまた来たいものだ。
3隻が1列に出航。
ぎりぎりクローズホールドで走る。
西島と家島の間を南に抜け、後は明石海峡へ向け一直線。
風も弱くなってきたので、機走。
播磨灘は凪いでいる。
海峡の西、鹿の瀬あたりで水深は急に4mと浅くなる。
海面はざわついている。
ここの浅瀬を越すと100m近くまで深くなるから
海面が盛り上がるように沸き立つのであろう。
良い漁場なので釣り船も多い。
小さな海鳥が多数、海に漂っている。
群れをなして、右へ、また左へと飛び去る。
明石海峡大橋の2本の橋脚が目近に見えてきた。
向かって左側の橋脚と明石の間を通ろう、とGさんが言う。
淡路側は潮流が速く、波が悪いとのこと。
近くまで来ると、遠目でも白波がたっているのがわかる。
<東風>から打電。
淡路側に向かった<東風>の海面は波悪く、よく揺れるとのこと。
後続の<ジェリーフィッシュ>(24フィート)から
海峡のどちら側を通ったらよいか、質問の無線。
潮流の影響で、対地速度、徐々に上がる。
7、8、9ノット。
最高10ノット弱まで達する。
1300子午線(明石)通過
まもなく、左側橋脚を右手に通過。
大阪湾に戻った。
須磨ヨットハーバーが左手に見えてきた。
前方をゆく<東風>がフェリーとあわや衝突かに見えるほどのニアミス。
フェリーが針路を迂回したようだ。
オーパイ任せで寝てるのかな?
堺の関電煙突を目前にして、風が追手にかわる。
今さら遅いよ、と言いたいが、最後にようやくセーリング。
出島の狭い水路へ入る直前、後方からモーターボートが追っかけてきた。
追い越しざま、モーターボートの窓からサングラスの男が身を乗り出す。
恐怖のやっちゃんかいなー?!と一瞬、ギクッとなりかけたが、
なんと、Kさんでありました。
白浜へ連休遊びに行ってたとかで、さすがにモーターボートは足が速い。
たまには乗せてください。
1700出島帰港でした。