敦賀・今庄・余呉
2003年9月3日。青春切符の3回目。まずは敦賀へ。JRの待ち時間の間に、駅前でざるそばを食べる。長ーい北陸トンネルを抜けて、今庄で下車。サイクリングターミナルへ向かうがドアが閉まっている。レンタサイクルはあきらめて、今庄の町を散歩する。大きな宿場町だったようで、うだつの上がった町並みがおもしろい。駅前近くの忠兵衛でそばを食べる。店名とちがって、可愛い娘さんが2人いる。次の列車まで50分ほど待ち時間があるので、隣の駅である南今庄まで歩くことにする。鹿蒜川に沿った旧道は車も通らないので、気持ちがよい。無人駅の南今庄から再び北陸トンネルを抜けると、次の駅が敦賀。駅前の観光案内所で自転車を借りる。気比神宮と金ヶ崎城跡へ向かう。ちょうど敦賀まつりの当日で、神輿が出るとかで街はにぎわっている。気比神宮も屋台が出て、大にぎわいである。反対に金ケ崎城跡は誰もいない。南北朝の頃に、後醍醐天皇の皇子と新田義貞の嫡子が戦死した激戦の地である。戦国時代には、浅井長政の裏切りにあった織田信長が逃げるときに、羽柴秀吉がしんがりをつとめて籠城した地でもある。秀吉は朝倉の拙攻のおかげで命拾いした。海に面していた筈の北側には敦賀火力発電所ができている。返却刻限の5時半までに駅に戻る。米原行きの電車はけっこう混んでいる。夕暮れ迫る余呉駅で途中下車。次の電車までの1時間、湖畔をぶらぶらする。無人の駅に戻る頃には、プラットホームは真っ暗だった。22900歩。
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文政13年に建てられたという道標。右、京、つるが、巳可佐(わかさ)道。左、京、いせ、江戸道。と書いてある。北陸道(右)と北国街道(左)の追分(分岐)である。 |
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なんだか懐かしい風景です。醤油味噌糀を扱う吉五商店。 |
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地酒聖乃御代を作っている、北善酒造。なので、店先に杉玉が吊るされている。藩札と金銀を交換する御札場があった。 |
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旅籠若狭屋。昔は檜皮葺の屋根だったそうです。 |
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地酒鳴り瓢(なりひさご)、堀内酒造有限会社。と、立派な看板に書いてあります。ここにも酒屋のしるし、杉玉があります。 |
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京藤甚五郎家。屋根には、防火のための卯建(うだつ)があがっている。隣家からの類焼をこれで防いだ。きれいなトイレが横にあります。 |
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清酒白駒醸造元の蔵。 |
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今庄から南今庄へ向かう途中の道沿いにるお地蔵さん。3体並んでいるうちの2つ。 |
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敦賀の気比神宮の大鳥居。高さ11mあり、日本3大鳥居の一つとか。あとの2つは春日大社と巌島神社。海の中に立ってる鳥居ですな。きょうは敦賀まつりで大にぎわいです。毎年9月2日と3日がおまつりなそうな。 |
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気比神宮本殿。 |
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| 金ヶ崎城跡から眺めた敦賀湾。 | 金ヶ崎城跡の北側の海は埋め立てられて無粋な火力発電所となっています。こんな風光明媚なところになぜ?と思うのですが。。 |
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余呉駅のホームから眺めた余呉湖。ニュージーランドのテカポ湖を思い出しました。 |
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夕暮れ迫る余呉湖。 |
| 予定では、敦賀駅から新保までバスに乗り、そこから木の芽峠を越えて今庄まで歩くつもりでした。が、敦賀に着いて、バスの時刻を調べると11:55のバスは出たあとでした。敦賀市のコミュニティバスで、料金は一律200円です。1日フリー券は500円です。ノーマイカーデー運動の一環とか。すばらしい。参考のために、下に時刻表をあげておきます。 | |
| 東郷線きらめききのめ号 新保行き。敦賀駅発 平日7:40 11:55 15:10 16:35 18:10 日祝日8:46 11:55 17:10 |
敦賀駅行き。新保発 平日7:05 8:12 12:30 15:45 17:05 日祝日9:20 12:30 17:10 |
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| 今庄から南今庄。電子国土の地形図を利用。 | 敦賀市内。 |
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余呉湖。大岩山から賤が岳に至る稜線は古戦場の跡。ハイキングコースになっています。余呉駅のレンタサイクルで湖を一周するのもいいかな。 |