高取山城
2005年3月30日。奈良飛鳥の近くにある高取山に登ってきました。神戸にも高取山があるので紛らわしいです。3day切符を使って、近鉄壺阪山で下車。駅前から、昔の町並みの残る街道を歩きます。家老屋敷などもあります。砂坊ダム公園のあたりから、徐々に傾斜がきつくなってきます。一の門跡をすぎても、まだ舗装路。宗泉寺への分岐からようやく山道になります。七曲がりの坂をすぎると、猿石があります。飛鳥村へ抜ける山道との分岐になっています。その上が一升坂。坂がきついので、築城工事の人たちを励ますため、米一升を配ったとか。ここから上が圧巻です。高取城の石垣が連続して現われます。国見櫓跡の石垣からは金剛山や葛城山、二上山、大和三山が一望できます。そこはまだ序の口。その上にも石垣、また石垣。天守閣のあった本丸跡の石垣まで登り詰めると、南は吉野大峰山系、西は金剛山系、東は龍門山のあたりが絶景です。奈良の都を守るには絶好の位置にあることがわかります。五百羅漢の岩を経て、壺阪寺に下り、参拝の後、壺阪山駅に戻りました。
![]() |
旧街道は両端に石畳が敷かれている。高取藩下屋敷の表門を移築した石川医院がある。 |
![]() |
しばらく行くと、助産婦さんの家もありました。 |
![]() |
家老屋敷の長屋門。間口39mもあります。 |
![]() |
砂防ダム公園の梅が満開です。 |
![]() |
高取城の黒門跡。一の門ですが何も残っていません。山中に入っていきますが、舗装路はまだ続きます。 |
![]() |
山道に入る直前、右手の脇道を少し登ると宗泉寺があります。 |
![]() |
七曲がりと呼ばれる曲がりくねった坂道を登ります。防衛のためだそうです。 |
![]() |
一升坂。築城工事の人たちを励ますため、米一升の特別手当を出したからとか。 |
![]() |
一升坂を登り詰めたところから脇道を120mほど行くと、岩屋不動があります。かおるさんは分かれ道のところで休んでました。 |
![]() |
さらに登ると、猿石があります。飛鳥村栢森に下る分岐点となっています。元は飛鳥で発掘されたものだそうで、築城の材料に運ばれる途中、この場所に置かれたものだとか。 |
![]() |
二の門跡。このあたりから、石垣が立派になってきます。 |
![]() |
国見櫓の方へ脇道を入ります。大和3山が一望できます。 |
![]() |
二上山や葛城山の姿もよく見えます。 |
![]() |
分岐まで戻って、さらに登っていくと、松の門跡があります。 |
![]() |
宇陀門跡のあたり。 |
![]() |
大手門跡。 |
![]() |
ようやく最上部の石垣の近くに到達しました。すごい山城です。 |
![]() |
本丸跡からの展望。 |
![]() |
城郭を見下ろす。 |
![]() |
天守閣跡からは金剛山(左)と葛城山(右)が見えます。くぼんだところが水越峠です。 |
![]() |
本丸の石垣。 |
![]() |
同じく。 |
![]() |
高取山城から下る途中、五百羅漢の石仏があります。岩肌に彫られたものです。 |
![]() |
壺阪寺。西国33か所の第6番札所です。前にも来たことがあります。 |
![]() |
壺阪寺の本堂。 |
![]() |
沢市お里の説話から、目薬が名物みたいです。 |
| 壺阪寺からはバスもありますが、駅まで歩くことにしました。 |