無動寺と三木城跡
2008年12月17日
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午後から晴れるとの天気予報通りとなりました。 tumaの両親の墓参りに出発。 山田の里を通るので、ついでに無動寺に寄ってみます。 観光バスが狭い道を下りてきました。 そんな有名なお寺でもないのに?と不思議です。 紅葉が素晴らしくきれいな寺なのですが、さすがに終わってました。 参道をゆっくり松葉杖で歩いて、石段もこなして、本堂へ。 大きな大日如来さんが本尊です。 寺の裏から丹生山系に登ることができるので、こどもの頃から何度か来たことがあります。境内近くには、水神池とかもあって、こどもたちを連れてきて遊んだりもしました。 久しぶりなので、拝観料200円払って、本堂の中へ。 住職さんが松葉杖の先を雑巾で拭いてくださいました。 2.8mの大きな大日如来さんとご対面です。 高校の頃に、日本史の野外授業で来たこともありました。 山田の里の歴史を調べてた先生でした。 当時は、本堂の裏に別棟があって、普段はカギがかかっててあけてくださったことを思い出します。 今は、本堂の中からガラス張りで拝観することができます。 |
| その後、衝原湖沿いに走って、本題の墓参。 竹中半兵衛が陣没した平井山がよく見えます。 ぶどう園で有名な名前のとおり、平たくて長い丘が広がっています。 ついでに、三木城跡へ。 城兵の命にかえて、自害した若き城主夫妻のお墓がひっそりとありました。城跡まで歩きます。 眼下に見える美嚢川を天然の堀にした要害の城でしたが、秀吉の兵糧攻めにあい、2年近くの籠城の末、落城しました。 丹生山系の稚児墓山は、三木城攻めのときに、丹生山明要寺の稚児たちが織田方の兵に追われて殺されたところと言われています。 摂津の有馬では、太閤さんは人気がありますが、播磨では、どうも評判がよくありませんね。 |
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帰り道、山田の里の八間蔵に寄って、すじ香露うどんを食べました。
帰宅したら、母が餃子を作ってくれてました。 次男(17日)とぼく(14日)の合同誕生日だからだそうです。 フーケのケーキも食べましたよ。 もうおなかいっぱいですわ。 |