韓国語辞典
1988年ソウルオリンピックの年に前後2度韓国へ行きました。
これは、オリンピックの後に行った2回目のレポートを辞書風にまとめたものです。
コンハン(空港)
さて、プサンハン(釜山港)ならぬ、今回は、キンポコンハン(金浦空港)に
なんとか無事にたどりついた。
まずは、大阪コンハンの免税店で買ってきた酒類を
ボンドする。
さて、いよいよ、問題の通関だで。どないしょ?
しかし、Jは、おどかすけど、
たしか、500ドルまでの物品は、申告外だし、
問題ない、と、思うんだけど。。。。
Jと仲良くなったアジュマ(おばはん)の後を知らず知らずついていくと、
とてもよくすいている、通関ゲート。
なんのことはない、<韓国人>用。
だけど、係官が、どうぞと、
言うもんで、かまわず、進む。
パスポートを見せると、
係:<バッグをあけてください>
まずは、ワードバンクノートとカプラーが入った小バッグが
出て来る勘定になっている。
WBN(ワードバンクノート)を見て、
係:<ワープロですか?>
私:<そうです>
カプラーを見て、
係:<電話ですか?>
私:<そのようなものです>
次に、その下にあるのが、大きなBSチューナー。
係:<これはなんですか?>
私:<チューナーです。>
係:<なんのチューナーですか?>
私:<ラジオのです。>(わたしの知識は、その程度なんです。)
係:<???。おみやげですか?>
私:<ぼくのです。>(現時点では)
係:<新品ですか?>
私:<今月、買いました。>(きのう)
係:<韓国で使うのですか?>
私:<そうです。>(ソンさんが)
係:<よろしいです。>
と、いった調子で、無事通過。
やはり、人徳がものを言うのは、古今東西いずこもおなじ。
無事、出てきたもんで、Jがちょっと物たりなさそうな顔つきである。
前回おなじみのコンハンロビーに出て、
まずは、タバン(茶房)へ。
毎度おなじみのチマチョゴリのアガシ(おねえさん)が出迎えてくれる。
ぐるんぱさん(東京から来る友人)をどう歓迎?するか、戦略会議
。
Jの予想では、<ぐ>大統領は、
海外旅行が初めての! おのぼりさん 迷子になって? ワンワンワワン!
と、いうことになる。
じゅうぶんに<目立つ>ようにして、待ち受けねばなるまい。
さて、そろそろ、成田便の到着する時刻。
だが、到着ロビーで、待っているのに、
なかなか、JAL951便のランプが点灯しない。
そのうち、ひまつぶしに、電光掲示板の方に目が向く。
ヒュンデ(現代自動車)の宣伝とか、いろいろ出てくる。
が、表示が速いので、5文字ほど、ハングルを読むと
もう次の画面に変わってしまう。トホホ。
なんてことをやってると、つい、<ぐ>のことをすっかり
忘れてしまった!
突然、後ろから、呼びかけるひとがいるので、
なんやろ? また、客ヒキかいな? と、
じゃまくさそうにふりかえると、それが<ぐるんぱ>さんだった!
アンニョンハシムニカ(こんにちは!)
<手配書>のとおり、黒いジャンパーにメガネ。
長身かつワイド? の<ぐるんぱ>氏でした。
ショトルポス(送迎バス)
韓国で、まだ乗ったことがないのが、ポス(バス)のたぐい。
シネポス(市内バス)も、シウェポス(市外バス)も、
いまだ乗っていないのである。
ほんとは、今回、スイウォン(水原)のミンソクチョン(民族村)観光に
ポスで行く予定になっていたのだが、寒がりのJが
<やめとこ、やめとこ>と、<こたつねこ>してしまったのだった。
Jが無料のホテル送迎バス(ただし、隣のロッテホテルの)に乗ろう、
と、言っては、すっぽかすので、送迎バスにさえいまだ乗ったことがない。
前回も、ロッテホテルの<無料!>ショトルポスで、空港まで行こう、と
直前まで言っていたのが、いつのまにか、うやむやにテクシ(タクシー)に
なってしまっていた。
まあ、ぼくは、テクシの方が好きなんだけど、、、
さて、空港(コンハン)から、ソウルの市内へ、今度こそ、ショトルポスで行こうと、
言うので、内心、<また、口だけとちゃうか?>と、思いつつついていった。
空港ビルから、外へ出ると、まるで、<冷凍庫>の中のよう。
うううう、さぶーーい!
空気が乾燥しているので、とりわけ寒い。
空港の駐車場なかほどに止まっている、ロッテホテルの送迎バスまで
重いバッグを肩にせっせと、急ぐ。
なにしろ、重いBSチューナー入りだ。
だが、なんと、ショトルポスのドアは冷たく閉まっている!
どこか?入れるところはないか?と、
ポスのまわりを3人で包囲攻撃するが、難攻不落。
背後には、冬将軍がひたひたと迫る。
3分とがまんできないJが、まっさきに退却。
テクシ乗り場へと、急いだのであった。
ヨボセヨ(もしもし)
電話(ジョンファ)をかけるときに、必ず使うことばが、
ヨボセヨ(もしもし)。
用例:
無謀にも日本語ジャーナルのソンさんところへ電話をかけます。
プルル、プルル、...
(つながった)。
<相手>:ヨボセヨ。
<私> :ヨボセヨ、ヨボセヨ。
<相手>:OXOXOXOXOXOX。.....
<私> :ソン、ソン、ソン。。。。
(ソンさんをお願いしますだ)
<相手>:OXOXOXOXOXOX。.....
<私> :チャムカンキダリセヨ(ちょっと待ってください)
(大急ぎで、Jにかわる)
と、いった具合いに、私のような丸っきしの初心者でも
電話がかけられるのであった。あああああ。
しかしまあ、それなら、Jはじょうずに電話で話ができるかというと、
さにあらず。
何時に会うか? という程度のことでも、
ハナ、ツル、セー、ネー、....(ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、....)
と、指折り数えて、やっと、5時だということがわかる、といった案配であった。
これは、ぐるんぱさんも同程度。
ジョンファ(電話)となると、受話器を持つJの横で、
<ぐ>が、韓日辞典を大急ぎで、パラパラめくる、という、光景が
見られた。
私はその間、まったく、お呼びでないので、
適当に当てずっぽうを言っては、ふたりのヒンシュクを浴びていたのだった。
とりわけ、難しかったのが、<チョクシプチャ>、という単語で、
これが、<赤十字>のことだと判明するまでには、
どえらい時間がかかったのである。
ピョンウォン(病院)
きのう元気に?FAXを送ってきた、ソンさんが、
なんと、入院中!だなんて、驚天動地。
もしかして、もしかして、このBSチューナーをほんまに持って帰ることに?
なんて、心配してもしかたがないので、
とるものもとりあえず、ソンさんの入院しているピョンウォンへ見舞いに。
Jがソンさんのオモニ(母)との悪戦苦闘の末、
解読した、ジョクシプチャ(赤十字)ピョンウォン。
(なにしろ、<ぐ>生き字引を傍らに電話するJであった。脱帽。)
ソウル市街地図によると、プレジデントホテルからは、
ロータリーをへだてて向いのトクスクン(徳寿宮)を突っ切って行けば
歩いてでも行けるほどの距離である。
でも、寒がりのJは、テクシ(タクシー)を主張。
ホテルのベルボーイに頼んでテクシをひろってもらうことにするが、
なかなかとまってくれない。
どのテクシもひとが乗っている。
韓国では、テクシの相乗りが慣行となっているので、
団体よりも、各自の料金がとれる個人の方が運転手には喜ばれるみたい。
ホテルの前で、止まらぬテクシを待つ間も、寒気が服の間からしみこんでくる。
ううう、さぶい!
風の直接当たらぬ、建物の陰にかくれる。
来てはもらえぬテクシを寒さこらえて待ってます。(都はるみ)
やっと、1台のテクシが止まってくれた。やれやれ。
さて、ようやく、赤十字ピョンウォンに到着。
本館の後ろの新館病棟9階がソンさんのいるところである。
エレベーターの前には、1列になって行列ができている。
<9階>、エレベータを降りる。
病室の廊下手前にある、看護婦詰所の前にとても可愛いアガシ(娘さん)が
ひとり。
ぼくたち3人連れを見て、ニッコリあいさつ。
ソンさんの<奥さん>でした。
しかし、率直に言って、<南こうせつ>によく似たソンさんには、
もったいないほどの<かぐや姫>である。
さて、病室に案内される。
6人ほどの大部屋で、ソンさんのベッドは、入ってすぐの右側。
それまで寝ていたソンさん、ベッドを起こして、座る。
右腕を首から布でぶら下げている。
まずは、アンニョンハシムニカ(こんにちわ)
あとは、日本語で、。。。。
聞くところによると、会社とピョンウォンは歩いてすぐの距離なんだそうで、
ちょっくら抜け出しては、FAXなんかを出してたらしい。
すこし安心した。
あと2、3日で、退院できるらしい、とのことで、
まずは、よかった、よかった。
あれ?
美人の奥さんのおなかがどうも大きい?
ソンさんに早速たずねると、うれしそうな顔で、
<今月、生まれます。>
ハネムーンベビーらしく、奥さんもあと数日のうちには、<入院>らしい?
ソンさん、こんどは、かわりに付添いしなくっちゃね。
実になかのいい、<Mr & Mrs Song> でした。
さて、それでは、忘れないうちに、
BSチューナーを渡しておこう。
NEC純正だかんね!
日本円で、値切って、45000円。
ソンさんは、もちろん、ウォンなので、
早速、Jが電卓で計算。
25万ウォンと、出た。
ソンさんが、<おい>と、言うと、
奥さんが、<はーい>と、答える。
ベッドの上で、BSチューナーをなでまわすソンさん。
人参茶のせいか?汗がびっしり。うう、これは効くなあ!
EMPALのメンバーとの会合をどうしましょうか?
とのことで、ソンさんがコさんに連絡をとってくれることになる。
連絡の結果を、今夜11時にホテルに電話します、とのこと。
電子喫茶にも行きますよ、と、ソンさん。
(ほんま、ええんかいな?)
今月出産の予定です、
と、言うことは、あと数日のうちに。
そんな臨月の新妻をおいて、片腕をつったまま、
電子喫茶にかけつけてくれました。
カムサハムニダ(ありがとう)
PS。ソンさんの奥さん、<予定>通り、11月30日に
可愛い女の子が無事誕生。
母親似でしょうねえ?
チハチョル(地下鉄)
ソウルの街も、押し寄せる車の洪水に埋もれつつある。
テクシー(タクシー)をとめても、近いところなら、
チハチョルの方が早いよ!と、やんわり、断られる始末。
たしかに、チハチョルの方が安くて速い。
1区間が200ウォンだから、約36円。
1時間近く乗った、ソウルーインチョン(仁川)間でさえ、
500ウォン(90円)。
Jが<高い!>という、テクシでさえ、30分乗って6000ウォンだから、
交通費は安くて済む。
割り切れないのが、ホテル料金の高さ!
高層ホテルに合わせたのか、料金も日本の同程度のホテルなみに高い。
なにしろ、ロッテやプラザホテルクラスになると、
ソウルー大阪の片道航空運賃以上の宿泊料をとる。(1泊2万円以上)
さして豪華とは言えないプレジデントでさえ、値切って1万2千円だから。
つまり、韓国旅行<費>の大半は、ホテル代に消えることになる。
さて、脱線してしまったチハチョルを元に戻して、、、、
今回の旅のように、11月も末近くになると、ソウルの気温は
零度を切るから、必然的に、ひとびとは、地下にもぐることになる。
チハチョルとその連絡通路、地下街、は、ひとであふれる。
横断歩道の少ないソウルでは、地下道は、横断歩道でもある。
ホテルを出て、どこへでかけるにも、何度も地下に降りることになる。
目印となる建物が見えないから、地下の迷路をさまよい歩く破目にもなる。
(実例:さまよえるぐるんぱ氏)
チハチョルに乗るには、切符を買う必要がある。
日本のに較べると、はるかに大型で立派な?切符販売機。
ちょうど、酒の自動販売機みたいな、ステンレスのかたまり。
先に料金のボタンを押して、それからお金を入れる。
すると、切符が出て来る。
自動改札口は、横棒が突き出ていて、
この棒をカタンと斜め前に押し下げて通る。
けっこう固いので、力が要る。
チハチョルは、国鉄と相互乗り入れをしている1号線以外は、
すべて、車と同じく右側通行。
プレジデントホテルは、シチョン(市庁)駅のすぐそば。
チハチョル1号線と2号線の接続駅でもある。
1号線は、シチョン駅の次のソウル駅から、国鉄に乗り入れる。
インチョン(仁川)へは、このルートで行った。
チド(地図)
ホテルのロビーに置いてある、ソウル市内地図(シネチド)。
日本語版も、もちろんある。
(他に英語版、中国語版があったように思う)
縮尺は、5万分の1。
基図は、国立地理院発行1:50000地形図、とある。
縮尺は日本と同じらしい。
国立地理院(韓国)と国土地理院(日本)で、これは1字ちがい。
このチドに載っているだけで、ソウルには22の区がある。
その内、10区がハンガン(漢江)の南にあるから、
ハンガンは、ソウル市をほぼ南北に2分していると言っていいだろう。
ソウルは母なる河、ハンガンの河畔に生まれた。
チドを見て、他に気づくのは、
ソウルの中心部である<古都>(いくつかの王宮が所在する)は、
南に漢江および南山(ナムサン)、北に北岳山(プガクサン)に守られた、
王城の地にまさに最適の条件を備えていることである。
東西3キロ、南北3キロの正方形。
現在の鍾路区と中区がこの<古都ソウル>にあたる
<古都ソウル>の出入口は、したがって、西側か東側かどちらかしかない。
西口がソウル駅近くの南大門(ナンデムン)、東口が東大門(トンデムン)である。
どちらの出入口付近にもソウルきってのシジョン(市場)がにぎわっているのは、
おもしろい。
とりわけ、東大門市場は、ソウル最大つまり韓国最大のシジョンとなっている。
さて、<古都ソウル>には、国鉄が通っていない。
国鉄の線路は、<古都ソウル>の東方、清涼里付近(現在のソウル市東大門区)で、
向きを西から南に変え、漢江に沿って、<古都ソウル>のはるか南、
ナムサン(南山)の南を通る。
そして、再び向きを直角に北に変え、
<古都ソウル>の南西の角に当たる、ソウル駅で、<古都>に接する。
ソウル駅は、ナンデムン(南大門)の外にある。
まるで、<古都ソウル>をわざと避けたかの如くである。
この不便さを解消するために、<古都ソウル>をU字状に迂回する国鉄を
バイバス的に結ぶ地下鉄1号線が建設されたこともチドですぐにわかる。
国鉄清涼里駅から、トンデムン(東大門)を経て、南大門、国鉄ソウル駅に
至る、このルートは、国鉄との相互乗り入れによって、
ほぼ大阪の環状線、東京の山の手線のような役割を果たしている。
現在では、ソウルの地下鉄も4号線まで建設されているが、
この1号線だけが、左側通行になっているのは、
この国鉄(左側通行)との相互乗り入れのためである。
なお、ついでに書くと、
地下鉄2号線は、<古都ソウル>と、<新興ソウル>江南(カンナン:漢江の南)を
結んで、さらに大きく環状に1周する。
そして、この2つの<環状線>に
X状に交叉しているのが、3号線(北西から南東へ)と、
4号線(北東から南西へ /)の2ルートである。
さて、江南が<古都ソウル>の南東に位置する、オリンピック施設を中心とする
新興ソウルの代表とするならば、
もうひとつが、<古都ソウル>の南西、漢江の中洲にできた、
ソウルのマンハッタン、ヨイド(汝矣島)である。
さつまいものような、ラグビーボールのような形をした、
この島は、いまや、ソウルの政治経済の中心となりつつある。
国会議事堂、証券去来所(取引所)があるのはもちろん、
最も目立つのが、大韓生命63ビルである。
たぶん、63階建てなんだろう?
逆に、この超高層ビルを見て、あそこが<ヨイド>か、
といった感じになる。
再び、<古都ソウル>に戻って、
このわずか方3キロの地域に、
キョンボックン(景福宮)、チャンドックン(昌徳宮)、
チャンギョンクン(昌慶宮)、トクスクン(徳寿宮)、などの
旧王宮がある。
トクスクンは、シチョン(市庁)の向い、つまりプレジデントホテルの向いに、
ある、小じんまりした離宮である。
ソウル駅からトクスクンを経て、キョンボックンに至る通りがテピョンロ(太平路)。
この南北にのびる太平路を東西にくしざしにする形で、5本の大きな通りが走る。
北から順に、
リュコクロ(栗谷路)
キョンボックン、チャンドックンの前を通り、東大門に至る。
チョノ(鍾路)
東亜日報の角から東大門に至る。地下鉄1号線が下を走る。
チョンゲチョンロ(清渓川路)
高架道路が上を走る。
ウルチロ(乙支路)
市庁から、ロッテデパートなどのあるミョンドン(明洞)を経て東へ。
地下鉄2号線が下を走る。もっとも賑やかな通りでもある。
チェゲロ(退渓路)
ソウル駅からナムサン(南山)の北麓を通り抜ける。
地下鉄4号線の路線でもある。
さて、西の太平路に相対するのが、東のテハンロ(大学路)
トンデムンシジャン(東大門市場)から北にのびる、
その下を地下鉄4号線が走っている。
文化芸術の辻と呼ばれる。
ソウル大医学部や、韓国放送通信大学、セントパランセ劇場などの
学術施設が立ち並ぶ。
ソウル市内で、もっともしゃれた通りでもある。
ソウル概観

ソウル中心部概観

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ヨジャテーハクセン(女子大学生)
さて、このたびの韓国の旅でも、ヨジャテーハクセンとの
遭遇がありましたことを報告せねばなりますまい。
Jがどうも長電話してるなあ?
と、思ったら、、、、、
ヨジャテーハクセンと<コンタクト>してたのでした。
ぐるんぱ氏は、もひとつ若いチュンハクセン(中学生)と、
会う予定とかで、別行動。ただし男の子。
チハチョル(地下鉄)の駅までぐるんぱ氏を送る。
これからいよいよソウルの雑踏へ、単独行動となるぐるんぱさんは、
ちょっと不安そうな様子だったが、カタンカタンとチハチョルの自動改札の
向こうへと消えていった。
(帰りの際、やはり迷子になってしまったのだそうだ。)
梨大(イーテ:梨花女子大)方面へ、チハチョル2号線で
向かったぐるんぱさんを見送った後、しばらく、パクさんとJ、私の
3人は、本屋さんで時間をつぶした。
(パクさん=元、現地ツアーガイド。昔はさぞ美人だったと思う)
インチョン(仁川)へは、チハチョル1号線で行く。
市庁駅の次のソウル駅から国鉄に乗り入れているので、直通である。
料金は500ウォン(90円)。
たったそれだけで、1時間も乗せてくれた。
5時にインチョン駅で会う手筈になっているのだ。
プラットファームで待つほどもなく、
インチョン行きの電車が来た。
折からの通勤ラッシュ?なのか、
車内は超満員。
どっと汗がふき出してくる。
これで、外へ出ると、零下!なんだから、
まちがいなく、風邪をひく。
しかしまあ、この超満員電車の中を新聞売りが人をかきわけ進む姿を
見て驚いた。よーやる!
すこし退屈してきたので、
いくつ目の駅かいな?と、満員電車の中で地図を出しながら、
Jにイルボンマル(日本語)で話しかけるのだが、
しっかりと無視されてしまった。
(意外とはずかしがりなところのあるJであった。)
チマチョゴリを着た、若くてきれいなママさんが、こどもを連れて乗ってくる。
やっぱり、晴れ着はいいなあ。
ぼくのすぐ横には、美人のアガシ(娘さん)。
だいたい、平均的に韓国はきれいなアガシが多いです。はい
(ヨジャテーハクセンに寄せる期待は大きい?)
韓国のチハチョルにも、チハン(痴漢)はいるのだろうか?
痴漢防止のポスターはないが、例のごとく、カンチョビ(間諜)防止の
ポスターはある。
<北のスパイを見つけたら電話してね>とでも書いてあるのだろう?
ちゃんと、電話番号まで載っている。
しかし、乗客たちの雰囲気は、まったく、大阪や神戸の地下鉄と変わらない。
そうこうするうちに、だんだんすいてきた。
どうにかこうにか、座れる状態になってきた。
やれやれ。
もう20ほども駅に止まっただろうか?
まだ、インチョンに着かない。
けっこう遠いなあ。
次の停車駅の車内放送が流れるが、
<インチョン>の声はなかなか聞こえない。
やっと、
<OOOOOOインチョンOOOO>
という、放送が流れた。
Jが<インチョンや!>と、喜び勇んで降りようとする。
<待て待て。終着駅やから、最後まで座ってたらええやないか?>と、
押しとどめる。
しかし、あわて者のJが降りてしまったので、急いであとを追う。
だが、......
な、なんと、そこは、トンインチョン(東仁川)の駅なのだった。
まだ、線路はつづいていたのだった。
気づいたときは時すでに遅し。
ドアが閉まり、プラットフォームを離れていく電車を呆然と見送る。
ヨジャテーハクセンとの待ち合わせ時刻には、もうすでに20分遅刻、
と、なっている。
アセアセ、アセアセ。
駅員に次の電車が何分後に来るか、たずねる。
<10分後>との答えで、ちょっと安心。
寒いプラットフォームでたたずむ2人だった。
インチョン(仁川)
さて、Jのスカタンのせいで、約束の時間にさらに遅れてしまうハメに
なってしまったのだが、
後続の電車に乗って、ようやく、<正しい>インチョンヨク(仁川駅)に到着した。
100万都市なのに、まるで田舎の小さな駅のたたずまいなのに驚く。
改札口を出たところの、待合室で、きょろきょろうろうろする2人。
シャイなJにかわって、私がいつもの調子で、
(プサンで、ソン妹氏を呼び出したみたいに)
おい、なんちゅう名前やった?
J:<キムOOOOちゃんやった思う。>
両手でメガホンを作って、
<キムOOOO! キムOOOO?>と、
連呼していると、
とても可愛いアガシ(おじょうさん)が恥しそうに現れた。
5時前からずーと待っててくれたらしい。
ごめんね。
浅野ゆう子によく似た、はっきし言って、この方は美人です。
(しかし、その分、日本語はいまいちやった。)
駅前のタクシー乗り場で、順番を待つ間も、
いろいろと話しかけるのだが、
Jの韓国語もなかなか通じないみたい?
キムさんも日本語の勉強を始めてまだ1年ほどらしく、
こりゃあ、先が思いやられそう?
タクシーの順番がまわってきたので、
キムさんに行き先をまかせて、走り出す。
ポクチリ(ちっちり)を食べたいと言う、Jのリクエストで、
インチョンの海岸通りへ。
海岸通りには、ずらーと、魚料理店が立ちならんでいる。
どの店も外に向けてガラスの生洲に魚を泳がしている。
だが、どうもフグはいないみたい。
スズキのような魚とか、サメが泳いでいる。
海側には、テント張りの屋台もある。
ホーバクラフトの発着場らしい?堤防の切れたところから、
東シナ海が見える。
インチョンの海は、波高し。
フグが泳いでいる店が見つからなかったので、
まずは、お茶でも飲もうということになる。
なにしろ、潮風はまともに冷たい。
ソウルよりもしゃれた感じのタバン(茶房:喫茶店)を見つけ
暖をとることにする。
さて、階上窓際の席に落ち着いたところで、暮れていく海を眺めながら、
ハングンマル(韓国語)、イルボンマル(日本語)、ヨンゴ(英語)の
ちゃんぽん会話が始まる。
ハングンマルの苦手な私は、筆談(ハンジャ(漢字))もプラスして、
なんとか話についていこうと、涙ぐましい努力。
そのうち、積極性にまさる私は、Jを通訳がわりに、
こき使い始める。
OOOOて、なんて言うんや?
J:XXXXやろ。
私:キム、XXXXやで。
金:はい、XXXXですね。
てな調子で、おじさんはがんばる。
でも、天は自ら助くる者を助く。
奮励努力のカイあって、なんとかかんとか話が半分くらいは通じるように
なってきた。
結局、ポクチリはあきらめて、サムゲタン(参鶏湯)の夕食の後、
もう1軒、タバンへ。
10時門限のキムさんとギリギリの時刻まで、
楽しい<会話の時間>をすごしたのでした。
しかしまあ、<外国語>とは恐ろしいもので、
いつのまにか、キムさんの、
家族構成から、本貫まで、聞きまくるという、
すごさでした。
(註:本貫とは、同姓めとらずの韓国においては、非常に重要なことで、
おつきあいをする前に、必ず相手の本貫をたずねておく必要があります。
金さん同士、李さん同士では、原則的に結婚できないのですが、
姓の種類が非常に少ないので、本貫が同じでなければ、
一応、同じ金さん同士でも、結婚可能ということになります。
最近では、この姓が同じ、本貫が同じでも、<悲劇>を避けるために、
何親等か以上離れていれば、認める方向に変わってきたようです。
以前は、このために、<心中>なんかの事件があったそうです
でも、日本では、法的に問題のない、<いとこ結婚>などは、
以ての他の<不倫行為>で、韓国では、法的にも絶対認められないみたい!)
おまけに、ポシンタン(補身湯:犬のスープ)の話から、
Jが、ネコやらサルやら、ヘビやら虫やら食べた話を自慢するもんで、
女子大生相手の会話としては、すさまじいものになってしまったのでした。
ちなみに、最近の若い世代は、ポシンタンは見たこともないそうで、
家庭料理も、辛さ度がだんだん減ってきているみたいです。
さて、キムさんにとって、日本語はやはり難しいみたいで、
その難しさのひとつに<漢字>があげられます。
韓国では、現在、漢字の学習は、高等学校に入ってから、とのことで、
ハングルの世界なんですね。
だから、漢字は、せいぜい自分の姓名を書ける程度、ということになります。
これは、ぐるんぱさんの友達の中学生にテストしてみた所、
やはりそうでした。
ホテルの<宴会場>という漢字が読めなかった。
キムさんは、日本語(漢字を含む)を本格的に勉強しだしたのは、
大学の日本語科に入ってからのことですから、
なかなか大変なんでしょう。
でも、これからが、楽しみですね。
私もハングンマル(韓国語)をコンブ(工夫:勉強)します。
キムさんが、私に、インチョンの駅で会ったとき、
韓国人みたいな男前?の顔なんで、すぐにわからなかったと、
いうてました。
カムサ(感謝)ハムニダ。
そういや、ソウルの街頭でもときどき道をたずねられたっけ?
(どうやら、その土地の顔になるみたいです。怪人20面相 )
註。本貫とは、本籍、祖先の出身地のことのようです。
それも、おじいさん程度の昔ではなく、ずーと昔の祖先の
ことだから、ほんと、気が遠くなりそう?
サンゲタン(参鶏湯)
インチョン(仁川)の町で、ヨジャテーハクセン(女子大学生)と
食べたのが、サンゲタンでした。
(おっと、もちろん、通訳Jもおりやしたがね。。。)
お茶のあと、そろそろ、なにか食べようかということになって、
(Jという、便利かつうるさい腹時計がおりますので)
フグをあきらめて、それならば、
まだ食したことのない、サムゲタンにしようやないか
ということになりまして、
テクシーで、インチョンの繁華街へ。
(実は、あとでわかったのだが、あの東仁川の駅前だったのだ!)
この<参>というのは、高麗人参のことで、
にわとり1羽まるごと深いなべに、入っています。
そのにわとりのおなかの中に、人参やらもち米やら
たっぷり入っていて、かなりのボリュームなのです。
寒いときには、とても体がぬくもる食べ物です。
にわとりは、とてもやわらかく、おいしい。
人参は、最初、白いごぼうかいな?
と、思っていました。
味は、ごぼうみたいです。
にわとりの絵がサンゲタンの店には、必ず描いてあるので、
すぐにわかります。
余談ですが、先日来読みふけっている韓国の本の中に、
<親子どんぶり>という日本語に対する、韓国人のとらえ方が
おもしろく書いてありました。
韓国人の心情では、親子どんぶりというのは、ちと残酷な表現に
思えるらしいのです。
チョッパリ(日本人のやつ)たら、かしわに卵をまぶしてごはんの上に
かけたのをしゃれて親子どんぶり、なんて言うらしいよ。
やーだね。どんな神経してんだろ。
と、いったところでしょうか。
でも、ぶたの頭なんかは、シジャン(市場)に行けば、堂々と
店頭に並べられているわけで、
このあたりの感覚のちがいは、おもしろいですね。
カバン(かばん)
インチョン(仁川)からの帰りのチハチョル(地下鉄)車内のことを
思い出して、<かばん>が韓国語でなんていうのかしらべてみた。
なんのことはない、<カバン>なのだった。
こりゃあ、楽でいい。
今、使っているのは、民衆書林(ソウル)の日韓辞典で、
なかなか使いやすい辞典である。
カネミゆしょう[カネミ油症]まで載っている詳しさである。
パクさんが、Jに勉強しなさいと、前回の旅行の際、
くださったのだったが、Jがあいにく、その直前、同じものを買ってしまって
いたので、重量削減のため、くれたのだった。
(日本に帰ってからなら、たぶん、くれなかっただろう。)
でも、8500ウォンもするので、これは、もうけものだった。
その時は、ぼくも直前に、同じ民衆書林の韓日辞典の方を買っていたので、
ちょうど姉妹そろったというわけだった。
(見通しがいかに鋭いか、おわかりかな? )
でも、よく使うのは、もっぱら、このもらいものの方で、
日本語でOOOは、韓国語でなんていうんやろ?
なんて、調子で、気安く相談しているのである。
(英語では、CONSULT A DICTIONARY と、いうではないかいな)
さて、話をカバンに戻して、
ウンヨンさんにトンインチョン(東仁川)の駅で見送ってもらったあと、
インチョン始発の電車に乗り込んだ。
10時ともなれば、さすがに、座席に座ることができた。
ちょっと、疲れたようすのJは、うつらうつらとし始めた。
帰りもまた、20いくつかの駅に止まらねばならない。
と、突然、
ふたりの目の前に、背広を着たアジョシ(おっさん)が現れた。
大きな黒かばんをどんと、通路のどまん中におくと、
なにやら、口上をトウトウと述べはじめたではないか。
もちろん、韓国語だから、とてもわかんない。
しかし、熱弁をふるっていることは身振り手振り口振りで自ずとわかる。
さて、かばんの中から、黒い手袋を取り出した。
目の前にかざして、この手袋がいかにすぐれた手袋で、かつお買い得かを
説明しているらしいことは、あほでもわかる。
こっちは、うす目をあけて、寝たふりをする。
演説が終わると、興味のありそうな乗客の所へ行っては、
手袋を渡して回る。
しばらくしてから、回収あるいは集金に回るというわけである。
こらあ、ひとりふたりは、サクラもおりそうやな?
と、疑り深い性格の私。
かばんのアジョシが次の車両に移るのを見て、いっしょについていく
それらしきアジョシがおれへんかいな?
と、じっと見ていたが、それらしきのはいなかったようでした。
チハチョル(地下鉄)車内では、
シンムン(新聞)売りは、どんなに混雑した車両でも
おしのけかきわけ売り進むのをよく見かけたものでしたが、
手袋売りのアジョシにお目にかかったのは、これが初めてでした。
ミジョン(未定)
今回の旅に限らず、イェジョン(予定)はミジョン(未定)
というのが、どうやら、3人の共通項らしい。
パクさん、ソンさんはじめ、ホテルの係の人からも、
<予定は?>と、聞かれるたびに、
<ミジョン(未定)>と、答えるのが常であった。
サムバクサーイル(3泊4日)の旅だったが、
パックツアーで行くような所には、とんとご縁のない、3人(サムサラム)だった。