屯鶴峯と大和川
2008年5月28日。
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ダイトレの北端、屯鶴峰になつさんのガイドで行ってきました。
えーーっ!こんなすごい景観が大阪府(実は奈良県でしたby gon)にあったの!って感じでした。 アスレティックみたいで、コース取り次第では、いくらでも遊べますね。でも、きょうは陽射しが強くて真っ白な岩がまぶしいくらいで、暑かったです。なので、軽く回っただけでした。 またゆっくり遊びに来たいところです。 関西自然史ハイキング(創元社)によると、1500万年前に二上山が噴火してできた絶壁と階段状のケスタ地形だそうです。 白い流紋岩質の凝灰岩と凝灰角レキ岩の地層です。 その後、おすすめのレストランでランチとカフェでまたランチでした。 消費カロリー<摂取カロリー、なのは、間違いない!です。 |
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幼稚園のお迎えがあるなつさんに当麻寺駅まで送ってもらって、帰ることにします。
でも、カロリー摂りすぎなんで、どこか歩くことにしましょう。 屯鶴峰のために、持って来てた関西自然史ハイキングの本を読んで、大和川付け替え跡を歩くことにします。 午後からお天気も下り坂ということで、曇り空になってきてちょうど都合もよいのです。 が、本に書いてある、最寄の駅、安堂は近鉄大阪線でした。 当麻寺駅は近鉄南大阪線なので、道明寺で道明寺線に乗り換えて柏原南口で降りればいいのです。安堂とは400mくらいの距離です。 でも、道明寺もおもしろそうなところがありそうなんで、道明寺で下車して歩いていくことにします。 まずは、道明寺天満宮へ。天神さんと言えば梅ですが、ちょうど丸々と実をつけてました。 天満宮の近くには、道明寺もあります。 允恭天皇陵を見て、河内国府遺跡に寄ってみます。 このあたりが河内の国の中心地だったんですね。 大坂夏の陣では、勇将後藤又兵衛基次が道明寺の戦いで討死しています。宇陀には、又兵衛桜もあるそうです。 |
| 大和川を人道橋で渡ります。 石川と合流するこのあたりで、大和川は西へ流れを変えています。 江戸時代に付け替えられるまでは、北へ流れ、淀川に合流していたそうです。そのため、河内平野は湿地状態で洪水も多かったとか。 中甚兵衛さんが陣頭に立って、大和川を堺の方へ流れるようにして、それによって新田も開発されたようです。 大和川の旧路は、玉串川や長瀬川として用水路として利用され、柏原には船だまりができて水運で栄えました。 用水路に沿って、大和川廃川の跡を北へ辿ります。 柏原駅を過ぎると、奈良街道沿いに、三田家の屋敷があります。 他にもいくつか屋敷が残っていました。 |
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ヨット仲間の家がこの近くにあったなー?と思い出して、行ってみたけど留守でした。携帯が切れてると、不便です。
玉串川沿いには、工場が立地しています。 鯉がたくさん泳いでいました。北上すると、二俣です。 その名の通りに、玉串川と長瀬川が二俣に分かれる地点です。 カワウが水路の中に立っていました。 近鉄大阪線の法善寺駅まで歩いて、電車に乗りました。 バッテリー切れの携帯電話を、鶴橋のドコモショップで充電したら、み@さんに連絡とれたので、ナンバのタイ料理屋で夕食オフにしました。うまかったです。 でも、またまた摂取カロリーが・・・!!! 本日の歩数。22600歩。 |