明智越え
2005年3月16日。友人HとJR亀岡から、明智越えを歩きました。いい山道です。水尾には下らずに尾根道を神明峠に向かいます。峠から愛宕山に登る途中、2本目の鉄塔の所で、時間切れで引き返しました。亀岡の出発時間が昼前で遅すぎましたね。水尾の里からはコミュニティバスに乗って保津峡駅へ。保津川下りの船が見えたので、駅直下の河原に降りて、次の船を待ったけどもう来ませんでした。
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阪急嵐山から大堰川(桂川)を渡ります。渡月橋の向こうに愛宕山が見えます。 |
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JR亀岡から駅前の道を直進するとすぐに丹波亀山城があります。城跡は、大本教の本部になっています。 |
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保津川にかかる大きな橋を渡ります。橋のたもとには、保津川下りの乗船場があります。向こう岸に見えるのは、牛松山です。 |
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保津川下りの乗船場。ここから、嵐山まで川船が下ります。 |
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保津の集落に入ります。昔ながらの家並が続きます。地場醤油の製造元があります。 |
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愛宕と書かれた道標。 |
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明智越えの登山道入口。ここから、急な山道を登ります。 |
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どんどん登っていくと、先ほど渡った保津橋や保津川が見えてきます。 |
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ハイキングコースの道標が要所にあります。 |
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標高400m付近まで登り詰めると、平坦な尾根道となります。 |
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尾根道から木の間越しに、愛宕山が見えます。 |
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水尾へ下る道と、尾根伝いに神明峠へ向かう道との分岐。左へ行きます。 |
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神明峠へ向かう尾根道は少しアップダウンがあります。愛宕山が先ほどよりは近づいて見えてきました。 |
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尾根道の東側に愛宕山の連なりが見えます。 |
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この下の谷間が水尾です。 |
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神明峠に下ると、舗装路に出ます。左へ曲がり、樒原方面へ少し登ると、右手に愛宕山への登山道があります。 |
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杉林の中をどんどん登っていきます。2番目の鉄塔のところで、時間切れのため、引き返すことにします。 |
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神明峠まで戻って、先ほどの舗装路を水尾へ向かって下っていきます。時折、車が通ります。途中、湧き水の出ているところがありました。 |
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水尾の里に近づくと、ゆずの木がありました。 |
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梅も満開です。 |
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源氏の祖先といわれる、清和天皇陵が水尾の里近くにあります。地図を見ると、谷川をへだてた対岸の山の中腹にあるようです。 |
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柚子風呂と書かれた看板がいくつか見られるようになります。 |
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水尾自治会のコミュニティバス乗り場。JR保津峡駅まで乗ることにします。250円です。 |
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JR保津峡駅はトンネルとトンネルの間にかかった橋の上の駅です。保津川下りの舟が見えたので、駅の直下にある河原に降ります。次の舟が来るのを待ったけど、もう来ませんでした。 |
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駅のホームから夕陽に映える愛宕山が見えました。 |
| 明智越えの由来 本能寺の変の直前、明智光秀は居城である丹波亀山城から愛宕山へ参詣します。その時に往復した間道といわれています。愛宕山では、有名な連歌を詠みます。 ときは今、天が下しる五月かな 本能寺の変の際も、明智軍の一部は明智越えを通ったという説もあります。 |
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| 新開地から阪急で嵐山へ。1kmほど歩いて、嵯峨嵐山からJRで亀岡下車。神戸から亀岡までJRで行くと片道1620円かかるが、この方法だと、神戸高速120円+阪急全線切符400円+JR190円=710円と、半額以下で行けます。 | |
| 本日の歩数29700歩。 |